Software Design誌連載「ギークハウスなう」第5回(Software Design 2010年9月号掲載)
「ストリートコンピューティング」という言葉をよく目にするようになったのは2009年の夏頃からだろうか。道端や駅前などの路上でパソコンを使う人はそれ以前からもしばしば見られたものの、その行為にストリートコンピューティングという呼び名が付けられ、ストリートコンピューティング画像のまとめサイトが開設されたことで一気にネットで話題になった。立ったままで器用にパソコンを使ったり、道に座り込んでパソコンを使う姿がビジュアル的にインパクトがあったせいか、新聞や雑誌、テレビなどでも取り上げられたりした。(「産経新聞」「漫画実話ナックルズ」「ありえへん∞世界」など)
ストリートコンピューティングとセットで語られることが多いキーワードとして「小池スタイル」がある。小池スタイルとは立ったままノートパソコンを使うのに最も適していると言われているポーズのことで、「金くれ」「なるほど四時じゃねーの」「Tumblr 2 ePub」などのウェブサービスの開発者として有名な小池陸(ssig33)によって開発されたためそのような名前が付いている。
正式な小池スタイルのやり方は、立ったままで片足を少し前に出し膝を軽く曲げて踵を少し浮かせ、浮かせた片足の太ももにノートパソコンを置き、両手の手首のあたりでノートパソコンが落ちないように押さえて、そのまま両手の指でキーボードを打つといったものだ。
小池スタイルは立ったままで両手でキーボードを打つことができる唯一のスタイルだと言われている。小池スタイル以前は両手でキーボードを打つにはどこかに座り込むかどこかにノートパソコンを置くかしなければならなかったのだが、小池スタイルが開発されたことで立ったまま両手を使ってキーボードを打つことが可能になり、ストリートコンピューティングの普及がさらに進んだ。
2010年03月26日には「小池スタイル8耐選手権」が秋葉原のUDXで行われ、タレントのエスパー伊東などが出演し大盛況を収めた。
ストリートコンピューティングが流行した原因の一つはイー・モバイルなどの高速無線ネット環境の充実によって屋外でも快適にインターネットに接続ができるようになったことが挙げられるだろう。
そしてもう一つの原因としては、リアルタイム性が重視されるウェブサービスが盛んになったためだと思う。TwitterやUstreamでは今その時しか見られない情報が流れてくるし、IRCやSkypeチャットなどではリアルタイムで会話に参加していないとつまらない。面白いことを見逃さないためには外出時でも常にネットに繋ぎ続ける必要があるが、携帯だとUstreamもSkypeもIRCも使えないしTwitterは使えるけど見づらいし、結局路上でもパソコンを使いたくなるのだ。
ストリートコンピューティングをするような人は常にどこでもパソコンを使うので、ストリートに限らず、居酒屋コンピューティング、花見コンピューティング、登山コンピューティング、などあらゆる場所でコンピューティングを試みているわけだけど、最近面白い動きだと思っているのはクラブイベントでパソコンを使うクラブコンピューティングだ。ネットユーザーが多いイベントでよく見られる。
興味深い例としては、ネットレーベルのMaltine Records(http://maltinerecords.cs8.biz/)によって2010年6月20日に秋葉原MOGRAで開催された「わくわく大運動会」(http://wack2wack.exblog.jp/)では、通常2500円の料金がノートパソコン持ち込みで1500円、iPadの持ち込みで500円に割引される(いずれも1ドリンク付き)というシステムが取られていて、積極的にクラブ内でパソコンを使うことを奨励していた。
クラブコンピューティングをしている人を観察すると、お酒を飲みながらパソコンでネットを見たりしつつ、ときどき音楽に合わせて踊ったり、踊り疲れたらまたパソコンを見たりして、深夜から朝までだらだら過ごしている。クラブは大音量で音楽が流れていて声で会話するのが難しいので、TwitterやSkypeチャットなどを使って文字で会話するのが実際的に便利でもある。
しかし2009年に流行り始めたストリートコンピューティングだが、2010年夏の現在、既に衰退の兆しが見えてきているように思える。iPhoneやiPadといったPCよりも持ち歩きやすいデバイスが普及しつつあるためだ。
iPhoneがあればSkypeもUstreamもIRCも見られるし、Twitterだって快適に使える。PCでしかできないことはだんだん減りつつある。そうなると重くてかさばるノートパソコンをわざわざ持ち歩いて外で使うのはめんどくさくなってくる。
スマートフォンやタブレットなどの持ち歩きやすくて高機能なデバイスはこれからどんどん普及していくだろうし、それに伴ってノートパソコンを持ち歩く人は減っていくだろう。そうなると、街中でノートパソコンを使うストリートコンピューティングというのは、ノートパソコンに替わるちょうどいいポータブルデバイスが出回るまでの過渡期的な光景なのかなあと思うのだけど、いずれなくなってしまうと思うとちょっと寂しくもありますね。まだストリートコンピューティングや小池スタイルをしたことがないという人は今のうちに一度路上デビューしてみるのはどうでしょうか。結構気持ちいいですよ。