「ギークハウスなう」第30回(Software Design 2012年10月号掲載)
基本的に僕はインターネットが好き過ぎて、一日のうちのほとんどの時間をインターネットに接続してMacBook/iPhoneのディスプレイを見ながら過ごしているのだけど、そんな僕でも(それだからこそか)インターネットにときどき疲れることがある。
具体的には人間のコミュニケーションにうんざりしてくるのだ。挨拶とか、他人の夕食の写真とか、「いいね!」とか、めんどくさい。他人の生活に興味がない。他人を遮断したい。でもインターネットはしたい。そういうときはいつもTumblrを見る。Tumblrのダッシュボードに深く深く潜って、無数の文章や画像、面白ニュース、定番のコピペ、気の利いた発言の引用、箴言や格言や風刺、ネタ画像、アート画像、セクシー画像、猫画像の海に身を浸していると、とても心が落ち着くのだ。
Tumblrというのは大雑把に言うとブログサービスで、Twitterなどと同じくくりとしてミニブログやマイクロブログなどと呼ばれることもある。2007年に開設されたTumblrは、2012年現在もユーザー数を順調に拡大しつつある。CEOのDavid Karpは今年の2月に来日し、Social Media Week Tokyo 2012でスピーチを行ったり((» TumblrのDavid Karp氏のスピーチ 書き起こし(1/4) Arrie))、日本のウェブメディアの取材に答えたりしている((クリエイターのためのプラットフォームとして成長を続けるTumblr(前編) | デジタル・チェンジ | 現代ビジネス [講談社]))。
Tumblrの特徴の一つはダッシュボード(dashboard)だ。ダッシュボードというのはホーム画面みたいなもので、ユーザーがまずアクセスする画面だ。ダッシュボードには自分がフォローした人のTumblrの記事が最新のものから順番に流れて行く。Twitterのhomeと同じと言えば仕組みがわかりやすいだろうか。
Tumblrのシンプルなインターフェイスの背景にあるのは、「今までのブログの仕組みは書くことが好きな人には向いているが、普通の人には難しすぎる」という思想だ。Tumblrならブログよりも手軽に写真や短文などをアップできる。また、投稿せずにダッシュボードで自分の友達が投稿したコンテンツを眺めているだけでも楽しい。TwitterやFacebookなんかも気軽にコンテンツを投稿できるけれど、投稿したものは蓄積せずにどんどん流れていってしまうし、ソーシャル性が強いので見ているだけでなく何か投稿しなければいけないような気がしてしまう。それに比べるとTumblrのダッシュボードはもっと静かで、何も投稿せずにひたすらコンテンツを見続けているだけでも全然構わないという空気がある。
Tumblrのもう一つの大きな特長は、簡単に他のサイトのコンテンツを自分のTumblrに引用・転載して共有することができる点だ。Tumblr以外の他のブログサービスでも、他のサイトの文章や画像を引用タグを付けて掲載することはできるけれど、Tumblrではそれがブログの基本的な機能として手軽に使えるようになっている。
そして、他の人がTumblrに投稿したコンテンツを自分のTumblrにも投稿してシェアすることをリブログ(reblog)という。普段Tumblrのダッシュボードを見ていると、Tumblrにオリジナルで投稿された画像や文章よりも、他のTumblrからリブログされたコンテンツのほうが圧倒的に多い(日本のTumblrユーザーだけが特に極端にリブログ主体の使い方をしているという話もある。Tumblrはリブログを一切せず普通のブログのように使うこともできるし、そういう使い方をしている人もたくさんいる)。
ダッシュボードを見て気に入った画像や文章があったらそれをリブログする。そうするとその人のフォロワーのダッシュボードにもそのコンテンツが流れて、それを見て気に入った人はまたリブログする。それがまた誰かのダッシュボードに流れていく。その繰り返しでどんどんコンテンツが拡散していくのだ。リブログされた記事にはそれがいくつリブログやライク(like)されたかを示す数字が「notes」として付いているのだけど、人気の記事にはそのnotes数が数千や数万にもなっていたりする。
僕がTumblrを好きなのはダッシュボードをひたすら見ていれば自分の発言なんかは全くしなくていいところだ。ひたすら流れてくる画像や文章を見続けて、ときどき気に入ったものがあれば脊髄反射的にリブログやライクをつけるだけでいい。そこに言葉は要らない。「おはようございます」も「昨日はお世話になりました」も「いつもブログ読んでます」も言う必要がない。Twitterでよくあるような、自慢話も自虐ネタも論争も炎上も下心も恫喝も御機嫌伺いもそこにはない。動物的にただひたすら自分の気に入ったコンテンツを鑑賞し続けるだけでいいのだ。
また、Tumblrではリブログが繰り返されることによって同じコンテンツが何回も流れてくるというのも良いところだ。一度見た画像や文章でも、数ヶ月ぶりに見かけるとまた新鮮だったりするし、良いものは何回見ても良い。「気に入ったコンテンツはダッシュボードに流れてくるたびに何回でもリブログする」という人もよくいる。
一回読んだことのあるマンガを何回も読み返したことのある人は多いと思う。同じコンテンツでも時間が経てばまた飽きずに楽しめる。また、ウェブのような情報の流れの速い場所では、一年も経てば結構ユーザーが入れ替わっていたりして、昔に一度流行ったコンテンツでもまた新しいものとして面白がられたりする。そんなことを考えると、新しいコンテンツを生み出さなくても同じものを数年置きに回しているだけでも結構みんな楽しんでくれるんじゃないかという気もする。Twitterの「お気に入り」もリツイートも、Facebookの「いいね!」も、一つのコンテンツには一回しかできないけれど、Tumblrのリブログは同じコンテンツに対して何回でもできるのが良い。一つのコンテンツがインターネット空間をぐるぐると循環し続けるような、そうした繰り返しが可能になっているところにTumblrの可能性を感じるのだ。人間は年を取ると忘れっぽくなるものだし、「忘れたころにもう一回同じものを見る」というのを何年置きかに繰り返してそれで満足できれば、なんかエコなんじゃないかと思うし。