Software Design誌連載「ギークハウスなう」第15回(Software Design 2011年7月号掲載)

電子書籍とブログって何が違うの?


祝・iPad2発売

「今年こそは電子書籍元年だ」というフレーズがもう何年にもわたって繰り返されていて「元年何回あるんだよ」的な状況の日本なのですが、さて2011年はどうなるんでしょうか。とりあえず、日本でも4月27日に発売されたiPad2はいいですね。初代iPadより薄く軽く動作も軽快になり、快適で手軽にウェブや書籍や音楽や映像などさまざまなマルチメディア体験を楽しむことができます。僕は貧乏無職で買うお金なんてないので全部聞いた話ですが。どっかに100枚くらいiPad2買って余りまくってる人がいたら1枚くれないかなとそんなことばかり考えています。まあそんな話はどうでもいいとして、果たしてiPad2は日本における電子書籍の普及を後押しするのでしょうか。

電子書籍とブログって何が違うの?

しかし、僕みたいに普段からネットをベースに生活していて日常的にブログで文章を書いたり読んだりしている人間から見ると「そもそも電子書籍って何なんだろう?」ということも思う。だって、例えば(持ってないけど)iPad2を使って文章を読むときに、読み手としては、ePubやPDFやアプリとして配布されている電子書籍をダウンロードして読むのと、ブラウザを使ってウェブ上のブログの文章を読む行為の間に大して違いはないからだ。それならばウェブのほうが(大体)無料だし、URLをクリックするだけで読めるのでチャットやTwitterのタイムラインからシームレスに移動できて便利だったりする。

文章を書く側の人間としても僕は、書いた文章を別に電子書籍とかにしなくても、ブログとかに載せれば別にそれでいいんじゃないのって思うことが多い。ブログのほうが公開するのも楽だし、ウェブ経由でいろんな人に読んでもらいやすいし、アクセス解析を使えば読んだ人の反応を直に感じることができるし。

「書籍」というアナロジー

結局何故電子書籍が問題になるかというと「課金」という点が一番大きい。ウェブに無料で楽しめるコンテンツが溢れてしまっている今の時代に、いかにして情報を金銭化するか。

例えば僕が何か文章を書いたとして、それをブログに載せてアフィリエイト貼ったりしてお金を稼ぐのと、それを書籍(紙でも電子でも)として販売するのでは、やっぱりまだまだ現時点では書籍化したほうがお金になる。このコラムの仕事だってそうだ。うまくやればブログで書籍より稼ぐのも不可能ではないけれど、それは「うまくやれば」の話であって、やっぱり平均値としてはまだまだブログより本のほうがお金になる。

「ウェブは無料で使える」という習慣が定着しちゃっているからブログの読者からはお金を貰いにくいけれど、人類が千年以上にわたって慣れ親しんでいる「書籍」という、ある程度まとまった量のコンテンツがまとまったコンセプトで集まっているパッケージングに対してはみんなわりとお金を出してくれる。電子書籍でもブログでもメルマガでも、ファイルの拡張子が「.epub」でも「.pdf」でも「.app」でも「.html」でも何であっても、結局は文章を納めたデジタルデータをネットワークからダウンロードして読んでいるだけということには変わりがないのだけど、そこに「書籍」というアナロジーを適用するだけでぐっと馴染みやすくなる。そういうものだ。だから「ブログを書籍化して販売する」ということが今でもしばしば行われているし、それがビジネスとして成立している。この場合、出版社が持っている企画・編集・宣伝・販売といったスキルがマネタイズにおいて重要で、その役割が紙の本でも電子書籍でも必要とされていることには変わりがない。

流通と課金の過渡期

結局現在は過渡期なんだな、と思う。流通の問題として、またはマネタイズの問題として。

最近、購入した本を裁断してスキャナで読み取って電子書籍化する「自炊」と呼ばれる行為が流行している。自炊すればもともと紙だった本がデータになってiPad2やPCで読めるようになる。そうすれば何十冊もの本を外に持ち歩けるし、家での置き場所にも困らないので便利だ。しかし、よくよく考えれば、そもそも出版社にデータで入稿された文章を印刷して製本して書店まで配送して、それを書店で購入して持ち帰って裁断してスキャンしてまたデータに戻す。やっぱりこの過程には何か空しいものを感じる。直接データを販売してくれればいいのに。それは今まで積み上げられたビジネスモデルや法律などの問題で仕方ないことではあるのだけれど、やっぱり長期的に見るとネット経由でデータをそのまま購入できる方向に進むだろう。現在、出版業界よりも少し先に音楽業界がそうなりつつあるように。

また、マネタイズの問題としては、例えば10年前は文章をお金にしようと思うと出版社→取次→書店という紙の書籍を流通させるためのシステムに乗せるしかなかった。一方ウェブでは、10年前にはブログはまだなかったがテキストサイトやウェブ日記といったカルチャーが既に存在し、何か書きたい人が自由に文章を発表できる環境はあった。しかし、それをマネタイズする手段はほぼなかった。アフィリエイトは今みたいに一般化してなかったし、当時のインターネットでは今よりもずっと広告やアフィリエイトに対する抵抗が強かったというのもある。サイトに広告を貼ろうものなら「広告ウザイ」「結局金儲けかよ」などと言って読者に総スカンを食いかねないような。

その頃に比べると書籍の世界とウェブの世界は随分接近した。出版社はウェブや電子書籍に徐々に進出を始めている。また、個人がブログに広告を貼ることもそれほど抵抗なく受け入れられるようになっている。先にも述べたように両者のマネタイズ力にはまだまだ開きはあるけれど、徐々に接近し続けているし、これからもブログを見ることと雑誌を見ること、ブログに書くことと雑誌に書くことの差はどんどん縮まっていくのだろう。全く同じにはならないにしても。

結局そこでネックになるのは100円や200円の金額を手軽にネットで決済できる少額決済システムの整備なのだろうけれど。外に出るのがだるいので、何でもいいから早く週刊少年ジャンプが100円くらいでネットで読めるようにならないかなと半ヒキコモリの僕は思うのでした。


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