Software Design誌連載「ギークハウスなう」第9回(Software Design 2011年1月号掲載)

Twitterで生活を実況するホームレスに話を聞いてみた


似非原という男

Twitterに、似非原(@esehara)(http://twitter.com/esehara)という無職がいる。結構有名なネットユーザーで、僕は5、6年前からはてなダイアリーを通じて彼のことを知っていた。Twitterではユニークな発言が好評でfollowerが6000人以上もいる人気ユーザーだし、職業プログラマではないけれどRubyを使ってTwitter上に自分の過去の発言を流すBotを作っていたり、主宰しているSayonara Records(http://sayonararecords.tumblr.com/)というネットレーベルではクリエイティヴコモンズで音楽を無料配信をしている。

そんな彼が突然、新宿中央公園でホームレスになり、その様子をTwitterで実況しはじめた(http://togetter.com/li/60272)。なぜ彼は自身のホームレス生活をTwitterで実況しようと思ったのか。そもそもどうやってホームレス状態でネットを使っているのか。そのあたりが気になったので直接話を聞いてみた。

R0011917

彼の寝床は段ボール一枚だった


どうやってホームレスがネットを使うのか?

まず、ネット回線はどうしているのだろう。彼はe-mobileの携帯を使っているので携帯をモデムにしてノートPCをネットに繋いでいる。ホームレスになる直前までe-mobileの料金は支払っていたため、今のところはまだネットに繋げるそうだ。また、マクドナルドで使える無線LANのアカウントを知人から「こっそり」教えてもらったりもしたという。

電源はどうしているのだろうか。彼の話によると、電源はマクドナルドで確保しているという。東京都内のマクドナルドではパソコン用にコンセントを解放しているところがあるから、どこに行けば電源を使うことが可能なのかを調べてあるという。また、ホームレスの仲間うちではマクドナルドのコーヒーがタダで飲める「無料ご招待券」が受け渡しされているそうだ。この券は金券ショップだと30円で買うこともできるらしく、30円で電源使い放題ならかなりリーズナブルかもしれない。

彼の愛用PC


ホームレスがネットで発信する意味とは

ホームレスがネットを利用して自らの境遇を訴えるのは彼が初めてのことではない。過去には「ミットナイト・ホームレス・ブルー」(http://blog.livedoor.jp/kenjiro45/)というブログで 、現役のホームレスが自らの境遇をブログに書き記し話題になった。彼は「日本で最初にして現役のホームレスブロガー」と名乗って精力的に文章を書き残しており、現在も閲覧が可能だ。

似非原は何故Twitterで情報発信をしようと思ったのだろうか。Twitterを選んだ理由を彼は次のように説明してくれた。

「正直、打算が無かったわけではない。Twitterでは色々な方が実況したりしているけれども、自分の観測範囲ではホームレスになった人は聞いたことが無かった。だから、ホームレスで自らの状況を配信したら面白がってくれるだろう、という気持ちは正直あった」

反響はどうだったのだろう。

「昔から自分のアカウントをフォローして頂いた方は、親身になって心配してくれる方が多く、それは本当にありがたくもあり、申し訳ないなという気持ちで一杯になりました。あと、続けていて面白かったのは、純粋に自分が呟く内容が『面白かった』と言ってくれる人が多かったことですね」

書くときに意識したことは何かあるだろうか。

「とにかく"こんだけ悲惨だ"ということは、自分では出来るだけ言わないようにしました。ホームレスが悲惨だ、というのは誰だってわかっていると思います。でも、その"悲惨さ"というのは、実際は曖昧だと思うんですね。僕ですら、ホームレスになるまでは具体的なイメージはわからなかった。あるいは缶と残飯を拾っている、みたいな、余りにもステレオタイプなイメージ(笑)。それは正しくもあるし、間違ってもいる。ホームレスの境遇は、それこそホームレスの数だけある。ただ自分の場合はこうだったよ、ということを伝えることによって、多面的な理解に繋がればいいかなとは思っていました」

R0011905

ネットを見た人から彼の元に届けられた飲食物など


ネットは弱者の武器となるか

それでは、この経験によって得た「Twitter活用術」みたいなものはあるだろうか。

「ジャーナリストの津田大介さん(http://twitter.com/tsuda)によって、Twitterを使ってリアルタイムで講演などの内容を実況していくことが『tsudaる』という言葉で有名になったように、リアルタイム・ジャーナリズムの可能性はまだあると思うんです。マスメディアが貧困層を取り上げて『彼らはこれだけ悲惨な生活をしています』というのを伝えるとき、僕達はマスコミというフィルターを通じてしか、その"悲惨な生活"を知ることが出来ない。でも、Twitterを利用することによって、僕達は自らの状態というのを、マスメディアが伝える以上に具体的にすることが可能になると思います。余りこういう言い方は好きじゃないですが、『ピンチに陥った人間が自らの境遇を直接多くの人に伝えることができる』という意味では、凄くジャーナリスティックな使い方が出来るサービスでもあるな、と実感しました」

現時点では彼は路上生活を辞めて生活保護を申請していて、生活保護中に行く施設のことやケースワーカーとの面談の様子を実況している(http://togetter.com/li/69074)。こちらもマスコミでは報道されないリアルな生活保護や福祉問題の現状について知ることができると好評だ。

似非原のホームレス化とちょうど時を同じくして、世間では尖閣諸島漁船衝突事故の動画のYouTubeへの流出が話題となった。この事件もマスコミを通さずともネットを通じて個人が情報を発信できるようになった時代として象徴的だ。誰でも世界に情報を発信することができるというテクノロジーの進化が、これからどう社会を変化させていくのかを楽しみに見守っていきたい。

R0011916

酔った似非原



戻る